危機回避の韓国&五郎さん、来韓の心は、”酒場放浪記”(・ω・)ノ

5月14日 お客様の到着を待つ間、金海空港にて。昼下がりのこの時間帯は、ちょうど葉境。この後、立て続けに日本からの到着便で、一杯に。

この記事が、アップされている頃は、日本からのクライアントさまと、機器納入先の釜山の会社でアフターフォローと保守業務の通訳で、汗をかいている頃かと思います。工場訪問も、含めて、ビジネス案件の通訳は、朝、早くからの始動になります。

釜山から、1時間余り、密陽(ミリャン)の表忠寺[ピョチュンサ]。農事関連の業務で、何度も行きました。
五六島スカイウォークへの、アプローチ
五六島を巡り、海運台まで、海風が涼やかな、観光遊覧船。

それにしても、麗らかな釜山晴れ(笑)ビーチが、ここそこにある釜山の、暑くも寒くもなく、海風が頬をなでるこの季節、手前みそ、味噌だらけ(1点・(´゚ェ゚))、ですが、本当にたまりません。今回のクライアントさまは、次は、台湾で半導体関連のお仕事が、控えられているそうで、凍頂烏龍・桂花烏龍茶、あー本場で飲みたいと思いながら、今日のお昼は、釜山を忘れないでくださいと、下載のメニューを考えていたのですが、ご宿泊先の、チャガルチ・ホテル・ノアの近くで、鯨を食べれる店を見たので、そこでとの、ご所望。私、実は、初・クジラ。( ゚∀゚)・;’.、ま、とにかく、喜んで頂ければ。

獲れたての、わたり蟹をふんだんに使えるのが、海街・釜山の真骨頂。

ところで、こんな早朝、会社訪問を控えているのに、というか最近、つとに朝早く目が醒めるのです。なんか意味なく、ハイテンションなのです。

今回こそ、日韓を往来する人達の安全が、かなり恒久的な意味で確保されそうな機運が、いっきに高まってきているからです。もとより、本質的には4月27日以前も、以降も、何かが特に変わったことではないのです。韓国・現地で業務をしていて、一気に好況感が広がってとか、そんな風でもとくには、ありません。私の母のように、戦争で江原道(カンウォンド)の生地を追われたような世代の人達が、「北の甘言を鵜呑みにするのか、どんだけひどいことをしたのか・・。」という話が出ても、それは、仕方ないことです。

 

ですが、この相互に人がこれだけ往来する現在に、未だ、70年以上・休戦状態でいらぬ不安や懸念を火種に持ち続けていることが、良い訳がない。この数年、NHKの7時や、9時のニュースで、韓国のTVよりもはるかに高頻度でながす、北のひいては、朝鮮半島を含めた東アジアの脅威論を目にするのは、決して心穏やかことではなかった。そんな懸念が、可能性の問題としてはあっても、毎日、この眼でみている日常とかけはなれ、韓国の人達は用があれば、さっさと当然のように日本に行くのに、日本の方は、現地にはいるのを懸念される。といった日々が、あたり前になってきていたのです。

 

前政権を弾劾した、ソウルで展開されたローソク・デモの時でも、「また、韓国は歴史問題のあとは、デモかと、思われてしまう。」と、日和見にしていたほど、政治に疎い、私。ただ、いつもやるせなく思っていたのは、大きなメディアの特派員の方が、それぞれ、現状をよく知っているはずなのに、況して、きっとその国に友人も、知人も結構いて、仕事では互いに助けあっているはずなのに、ここまでネガティブな側面を伝えなければ、ならないのか。(※報道も、ビジネスだという性格上、実情はそこにいないと、わからないわけですが。)と、いう事でした。

 

でも、4月27日以降、その雲行きも少しずつ変わりつつ、あるような気がしています。たとえば、韓国では、ブランドビールといえば、”アサヒ”というほど、名を成したアサヒ・ビールの記事。https://bit.ly/2GbP6At

ロッテマート光復店のビールコーナーより
1回分のお摘みが、小分けにパックされた、おみやげに、人気の商品。

もう、遠い昔に、友人の誕生日に、サッポロビールを持って行って、「なんだ、アサヒじゃないんだね。」といわれ、「サッポロだって、有名なんだ。(`ェ´)」と、檄した話を書いた記憶が、微かにありますが、NHKの北朝鮮戦争の話が減り、

 

そして決定版は、もう韓国のその界隈では、話題騒然?、話が巡りめぐったと思いますが、台湾から遅れることワンシーズン、遂に、”井の頭五郎”こと、松重 豊さんと、「孤独のグルメ」スタッフが、韓国ロケ敢行の一報。(・∀・)イイ!!

https://bit.ly/2Iit1Gaしかも、ソースはロケ地で松重さんの巨躯を発見した、一般の人のTwitterだとか。

私自身は、日本での生活が長かったので、日本のものを見るのは、当たり前になっていますが、韓国のうら若いOL風情の女の子が、地下鉄やバスのなかで、ワンセグ(韓国では、DMB・衛星、地上波)で何をそんなに真剣にみているんだろうと思って覗くと、この”おじさんが、もくもくと、ご飯を食べるだけ”(笑)の番組だという驚きを、何度、体験したか。日本にいって、孤独のグルメで紹介されたお店の巡礼も、ファンの間では当然といったところだそうですし、五郎さんが、食事代を平均どの位使っているか、とか。ファン達は、韓国に来るのを、いまか、いまかと待ちわびていたのです。

チャガルチ市場 裏手。

日本でも、少なくない人を癒している番組だからこそ、韓国に入るタイミングを計られていたのかと。そのご決断に、心より感謝です、できれば今度こそ、釜山まで、お運び頂ければ・・なんせ、山海の珍味が集い、インフラも刷新されつつあり、韓国第2の400万都市なのに、チャガルチ市場の裏から見渡せば、寅さん映画を、彷彿とさせるような昭和の面影を何か、感じさせる街ですので。

 

ところで、お客様と会社訪問の後、暫く、釜山に来れないので、この1年半余りの、よもやま話を珍しく、どちらともなく、しました。「実は、この取引の話があった時、仕事関係や知り合いには、ことごとく、”今、韓国との取引は、避けたほうがいいんじゃないかな”と、いわれていました。普段は、そんなこと言わない家族、殊に息子なんか”お父さん、今、韓国に入らなくてもいいんじゃないかな、もし、行くんだったら、保険金いっぱいかけて行ってね。”などと、言われてました。自分は、韓国に頻繁に来ていたので、心配はしてませんでしたが、そんな感じでした。」

これまで、一回もそんなこと、口にもしないし、おくびにもださなかった、その方でさえそうだったのですから、他の方々は、いかばかりだったか。きっとそうだったに違いありません。いったい、私はなにを、いいたかったんでしょうか。(-。-;

 

そうそう、そんな中、金海空港に降り立たれて、また帰っていったお客様の後姿。いつも、取引先にいっても、日本人と間違われる、べったり、地元にいるのに、日本から来たと思われてしまう、だけれど、内面は釜山人の気質か、血筋(笑)のなす業か、無頓着・太郎と言われている、私が、本当に心から、私どもを信じて、ひいては、韓国の実情を見極められて来てくださった勇気に、感謝をしておりました。

ところで、韓国ではというか、釜山でも、小料理・割烹風(笑)、或いは居酒屋の店、新規出店といえば、その類の店が驚くほど、増えています。日本に取引先を持っている経営者の方の、ほとんどが、日本にいかれた際、その地の小料理屋ともいうべき、小体なお店での、今まで経験したことののない、日本食の感動の体験を聞かせてくれます。

上載した、知る人ぞ知る、吉田類さんの「酒場放浪記 」ですが、本当に日本の津々浦々に、痺れるほど魅力的で、長い年月、客が吸い寄せられるように、集い通うお店がこれほどあるのかと、そのセレクトにも感動させられるのですが、そればかりでなく、かならず、その街の息遣いも紹介する風土記にもなっていて、唸らされます。

もし、韓国からお客様が来て、どこかに連れていかなきゃならないとしたら、皆さんがいきつけの、地元の珍味を楽しめる上載のようなお店にいかれるのが、最も得策かと思います。※お酒が、呑めればの、話ですが。それにしても、日本文化開放から、18年。今まさに、韓国は、日本のサブ・カルチャーに、ほろ酔いしているのかもしれません。

また、話があさってにむかって、飛んでいっていますが、不意に、前政権が今も続いていたら、それはありえない話ですが、そう思うと身震いがします。色々な奇想天外な話が、表沙汰になる韓国ですが、ある意味、笑われても、表沙汰になり、人達もそれを看過しないでアクションする。そんなことが、韓国を最大の危機から救ったのであるまいか。なんの脈絡なく、思ってしまっています。でも、未来はわかりません。

ただ、とにかく、いつも満がいちだけど、”その時”のことを、どこかで想定しながら、気を張っていた何かからは、開放されて、お客様にも渡韓をお奨めできることの、端的な嬉しさ。

脈絡がないですが、”韓国でもいいよ”と思っていただける方に、これまで以上にお伝えできればと思っています。とにかく、”人の行く裏に道あり花の山”、半分は、ありかもです。

釜山・6月 MERS騒動の現況と、韓国ビジネス考

通訳で、遠征した、釜山から2時間ほどの内陸の街の、レストランの照明デコレーション^^
上記、レストランの昼の佇まい、韓牛のレストラン
上記、レストランの昼の佇まい、韓牛のレストラン

こんにちは,6月も、半ばを迎えました。この、2・3日は、海風がそよぎ過ごしやすい風情ですが、釜山も、夏まっさかりのシーズンを迎えております。

此の間、降って湧いたような、mers騒動に見舞われた、韓国。

普段、こういう事には、過剰に反応するお国柄なのですが、今回は、個々人が、案外、冷静に対応して、パニックには、なっていない状況です。

認識としては、免疫力の低下が1番よくないという事で、うがい、手洗いの励行、自分達は喉消毒のスプレーを携帯して、業務の遂行にあたっております。

お客様からも、「実際のところ、どうですか?。」と尋ねられるのですが、上記のことを踏まえて対応すれば、免疫が異常に落ちている場合や、極めて高齢のかた以外は、病院をのぞくエリア、ことに、釜山近辺は、内情、落ち着いているのが、現状です。

ところで、内外のこんな状況のなかでも、韓国側の業者、会社が、日本の各種・製造メーカーに依頼して、韓国内の市場に製品を売り込む形でのオファーが、実を結びつつある事例での案件で、お声かけ頂き、遠征するビジネス通訳が、立て込んでおりました。

このたびの、突如とした量的緩和による、劇的な円安の、影と光は、様々なところで、ビジネスの方向性に多大な影響を与えていることは、日韓だけではないでしょうが、

この東アジア圏で、日本の製品ほどのプロダクトを維持できる民族性は、ほかになく、これからも、ニッチの市場では特に、日本の製品を求めて、または依頼するかたちで、全アジアの国々が、オファーしていくことは、自明であり、

広言される政府間の戯言に、おつきあいする暇なく、其々のニーズを、現実に相対して、ビジネスを作っていかれる方達の、バイタリティには、学ぶべきこと多い2・3週間でありました。

いつも、思うのですが、韓国人はブローカーでこそ、能力を発揮する民族だと、海外にいた時にも思っておりました由、日本の製造メーカーの商品を、韓国の業者・会社が売るという、形態でのニッチでの成功事例は、メディアでは喧伝されなくとも、益々、恒常的になってくる事と思われます。※殊に、生活環境改善商品。

韓国に直接、お越しにならなくとも、私どものようなサービスをご活用され、見込み客や、または、先取りのビジネス・チャンスにアプローチすることは、難しくありません。

味もそっけもない、内容で、恐縮なのですが、ホームランをいきなり狙うのではなく、スマッシュ・ヒットで、韓国にも、自社の製品を売りこめないか、ご検討なさってみることも、一考の価値があるかと、存知ます。

歯にものが挟まったような、書き方になりますのは、私どものクライアントさまが、このご時世のなかで、韓国とのビジネス・チャンスに勇気を持たれてのぞまれ、芽をむすびつつある流れを、阻害したくないという、思いからであります。

インフラや、ウェブマーケティング、または、製品デザインの分野で、韓国企業も、隔世の間がするほどの、成長を見せていますが、そのひずみもまた、それなりに大きいものが、あります。

韓国に対する、日本の方の知識も格段に況している、今だからこそ、直近に、日本の製品を必要としている国のひとつとして、リスクを考慮して尚、無視するには、惜しい市場であること、密やかに、お伝えしたく思います。

長く、新たな、挑戦のはじまり・・

海運台 冬柏公園の 人魚の像

3月11日の、信じられないできごとから、何日が経過したのだろうか。急な仕事が入り、徹夜続きの目に、ニュース速報が入ってきた時は、冗談としか思えなかった。其の後、ここ韓国でも、言葉にもならない、いやこんな姿の日本を、想像だにできない姿の被災地の光景を、終日、放映する日々が続いた。

釜山港や、金海空港からも、日本語で「がんばれ日本」の横断幕を張ったコンテイナーや、物資を格納した貨物が、出立していった。韓国の現代史の中では、異例の光景だと、当局のカンも何度も、驚いていたが、2000年から始まった、韓国と日本との交流促進の過程で、確執がありながらも、厳然と、人や物が行き交った証だと、隔世の感も感じつつ、浮き足だった毎日が続いた。

住む家を失い、昨日まで日常を傍らで共にしてきた伴侶や、子供や親を突然に失い、寒さにうち震え、失くした生活の痕跡を求めて彷徨う人の姿には、大災害を前に先進国も、途上国もない、痛切なリアルと無常をいやが上にも、突きつけられた。その間も、お客様を伴って、海運台や松亭などの、春のビーチを案内しながら、沢山の人々が集う、和やかな波濤と、被災地の映像のギャップに、混乱を禁じえなかった。

日本の災害から1週間後の日曜日、海運台ビーチに憩う人々

今、現在も日本からの避難の為もあって、ここ釜山は小さなモーテルに到るまで、お客様でいっぱいらしい。殊に、ビーチやセンタムの新世界デパート等も、それらしい日本からの外国の人で、にぎわっている。苦肉ではあるが、そんな状況下の中だけに、日本に1番近い外国として、釜山を活用して頂けるのなら、非力な、半島に住む日本人としては、一時の休息の場として英気を養って頂くのを祈るのみである。

信じられぬかもしれぬが、今回の日本の災害は、これまでにないインパクトで、韓国のひとに、捉えられている。もはや、国の枠、云々ではなく、まして、日本だけに起こりうる事案ではない、というのが、心ある韓国のひとの本音ではないだろうか。

自粛は、平時にある人間の役割として、須らく、讃えられるものではないけれども、震災間もなく、釜山近郊の機張の漁港で、永きに渡って続いている、伝統のいわし祭りも、今回の日本の震災で早々にとり止めになった。「同じ、海を糧に生きてきた漁港の街の多くが、あれほどの被害にあった中で、祭りなどできぬ。」と、古老の人達が暗黙のうちに瞬時に、決したそうだ。

昨日立ち寄った、釜山の繁華街西面の、2大書店、栄光図書や教保文庫でも、ここ最近ではないほどの、多くの、年代の端正な眼差しをされた方々が、熱心に日本語の学習書を、選んでいた。

昨年は、北朝鮮に撃沈された天安の喪に服す為に、春の慶尚南道の桜に纏わる祭りは自粛されたが、今年は執り行われるだろう。今、現在は木蓮の白い花が、これからこの市中を埋め尽くす、雲海のような街路樹の桜の露払いのように、咲き誇っている。

 

震災から、ずっと頭の片隅で渦のようにちらついていた、自分達の、第2の故郷ともいうべき、北海道の北・オホーツク、流氷の海の街・紋別。そのながきに渡り、地域の人々にも愛されている地方紙のウェブサイトを覗くと、言行一致で新参者を支援してこられ、国内外を飛び回っておられた(る)デスクのコラムが、日本の中でも地震や天災の少ないところとして、震災した方々の受け入れの準備をすすめよと、力を込めて提言されていた。既に、数組の被災地のご家族が、ほど近い、芝桜観光で有名な滝上という街に入られたそうだ。海の物、山の物に恵まれ、食料自給率200%と言われる北海道の中でも、本当に格別の素材を提供する場所である。

話が逸れてしまったが、そこに住んでいた自分達が良く知り、本当に懐かしく、かけがえのない素晴らしいエリアである。被災地のみならず、今、現在、国難ともいうべき危機のなかで、安全で環境のよい場所をもとめている方がおられるなら、一度、検討に加われてみるのも、いかがかと思う。私たちのような、日韓の夫婦も陰に日向に支えてくださった、多くの、心あるかたの、おられるエリアである。

単に、東北が危ない、東京は・・とかいう状況ではなく、まちがいなく、新たな価値観で生きる場所を、生き方を選ぶ時が、来ていることを、ここにいても、強く感じてしまう。日本は、せまいようで、ここ韓国から見れば4倍強の国土がある。

自己主張も、声も、大きく、「隙間があれば前に、突っ込む」(笑)という半島の風土の中で、言葉はうまくならないのに、ぶつかり合いで鍛えられ、韓国のひとの機微や、優しさ、それは、日本のひとの気配りや、優しさとはまた違うけれども、困難な歴史が培ったコリアン独特の気質。それが、皮膚でわかり始めた今だから、こそ、あえて、国外からの買収だ侵略だということの前に、日本を日本人が、広く使って欲しい・・。

死者不明者が、2万7000人を越えたという。「たちあがろう・日本」の掛け声。本当に、沢山の国内外からの懸命の応援が続いているのを、見る。それでも最後は、被災を乗り越えるのは、一人・一人違う状況の中で、徒手空拳で活路を見出す、ものなのであると思う。政治や国体も大切だが、人間のもつ直感や、意志や集中力や忍耐力が導きだす、知恵みたいなもの。そして、体力。そう体力。