ロッテ・デパート完成で、南浦洞は!?&韓国語音声・7

南浦洞 地下商店街 の キッチュな革細工のバック店
南浦洞 地下商店街 の キッチュな革細工のバック店

ここで、ひとつお詫びがあります。メルマガに登録してくださった方への、伝言です。

まだ、第1号がでていません。限られた情報から、私達を信頼してアドレスをお預け下さった方には、誠に心苦しいのですが、まだ、自分達の基準をクリアする内容になっていません。本当は、それなりに用意していたものはあったのですが、何だかなと、正直思ってしまいます。それだけ、サイト上にも情報としての韓国は、溢れているからです。

登録して頂いた方の中には、熱心な韓国製品のバイヤーで、良質な仕入れルート確保の為の情報を期待されている方とか、自分の生活に賢く情報を生かそう、と思われている方もおられると思いますので、心苦しく思います。が、いい加減なことができない偏屈な性格なので、心よりお詫びお知らせ致します(^^;

そのお詫びでは、ありませんが、音楽を聴きまくってきた輩の耳に唯一かなった、

韓国のシンガー(有名ですが^)チョ・ソンモの暖かいボイスを、

珍しくはまった韓流ドラマ「雪の女王」のバージョンで。

チョ・ソンモ 「雪の女王」エンディング

ところで、HPを立ち上げる前も、ちょっと変わった依頼を、結構受けました。もちろん、内容をつまびらかには、できませんが、そのほとんどが、人探しに関する事でした。残念ながら、それに処する確たる手段を持ち合わせていない為、お断りするケースがほとんどでしたが、人それぞれが持つ秘史と、日本と半島の関わりを感じてしまいました。

今日も、釜山からちょっと離れた田舎へ、ご先祖の墓参にいかれる方の、ガイドのご予約を頂きました。まださきのお話ですが、今まで、釜山の近隣のみでしたので、不埒ですが、ちょっと楽しみでもあります。

ところで、2009年も12月・日本は、師走ですね。戴く、メールにも「落ち着かない・忙しい・慌しい」といった言葉が目立ちます。 韓国は、旧暦なので新年はまだちょっと先。キムジャンの喧騒が終り、子供達も試験が終って、また、悪童に逆戻りです。 ただうちの塾の子供も、全員が大幅に点数をアップしたので、ホッと一息^^。

もうすぐ、冬休み、ところで、釜山の玄関口、南浦洞にロッテ・ワールド・プロジェクトの第1弾・ロッテ・デパートがオープンです。工事が、頓挫していた時期もあったのですが、これで、また、釜山のランドマークが増えそうです。場所もいいんで、楽しみですよ。沈滞していた、地下商店街も、人の流れができて、浮揚するのか( Д) ゜゜.

本当に、冬こそ釜山にお越し下さい。きっと、盛大なバーゲンありですよ。^^

2009年12月17日にOPEN予定!!

南浦洞 地下食堂にて  
南浦洞 地下食堂にて  

南浦洞とくれば、龍洞山公園。(強引かな・・。)

今日の、さらっと、聞くだけ韓国語音声は、龍洞山公園(釜山タワー)独り歩き編

釜山ならでは。 龍洞山公園・散策編 <--ここを、クリックしてくださいね。

番外編 韓国 の 子供達&小さな 私塾

韓国の 子供達(これは、イメージで、文中の子達と、関係ないです)
韓国の 子供達(これは、イメージで、文中の子達と、関係ないです)

チョッと間が、空きました。 自宅で、やっている。英語と、日本語の塾の子供達が、いっせいに試験期間に入り、補習の日々でした。現在、12名の中1年生から、高校2年生までの生徒が、週4回やってきています。ガイド業や、その他のこととの兼ね合いがあるので、大変ですが、韓国に移り住んで、一週間後には、あるきっかけで、初めの子供が、来はじめました。

その中で、卒業?^^した3人の子供の他は、かれこれ、短い子供でも、半年、この私塾に通って来ている。

かって、高校時代に読んだ、世界こぼれ話のような本の中で、「受験の厳しい日本よりも、まだ、もっと激しい受験地獄の国がある・・それは、隣の韓国だ。学歴により、初任給も・・。もちろん、成人男子には、兵役も・・」みたいな記事と、チョッと古色蒼然とした教室の風景の写真とともに、読んだ時、「ああ、韓国に生まれなくて、良かったぁ。」と、思ったものだ。 (その時は^^)ところが、今、その韓国の受験と間接的にとはいえ、直面するとは、”アイゴー・チャン”

だから、この韓国での1年は、「韓国の子ども達を通して見た韓国」の1年でも、ありました。子供をみれば、その家がわかると、いったのは、アドラーか、ロジャースだか、覚えていませんが、ここで随分色々なことを、考えました。ADHDの子、強度の抑鬱症の子、識字障害の子。PCゲーム中毒・・。

色々な進展がありました って、そんな流暢な話ではないですが(^^;。

なんてったって、親御さんは、結果(点数)が全ての世界ですから。 畑違いの話なので、機会があれば、また、そんな事も書いていきたいと、思います。

遅ればせながら、さらっと、聞く、韓国語 音声 第6弾「旅での、トラブル編」です。

旅での トラブル 編 <---ここを、クリックしてくださいね。

昨日、お菓子で有名な六花亭や、柳月の創業の街、北海道の帯広で、不動産業を営む友人から、このブログを見たと、メールがあった。自分で、システムの開発もする理系のIT・リアルエステターで、今では、自社で、ウィークリー・マンションも運営する企業家だが、若い時分、一度目の企業がうまくいかなかった時、一緒に仕事をしていた韓国人と、彼の故郷である釜山に、逗留した想い出があると、聞いたことがあった。

在来市場の食堂 の 中から
在来市場の食堂 の 中から

「釜山には、10年前、滞在したことがあります。釜山駅の出口を出て左手の屋台みたいところで、貝の佃煮のような食べ物をバケツ一杯買ってつまみに、マッコ リで一杯やった懐かしい思いがあります(今もあるでしょうか。。。)。魚介類が新鮮でいいところだという印象です。」

今、その釜山に、自分が住んでいる。人生というのは、奇なものである。

これを、読まれている方で、北海道、しかも、広大な十勝野での滞在を、リーズナブルに快適に過ごしたいと思われている方は、 http://www.obihiroweekly.com/<--をご覧ください。

今日は、脱線しましたが、冬の釜山、断然おすすめですよ。。




釜山で、中国人と話す、日本語。

釜山駅 近くの チャイナ街(上海ストリート)
釜山駅 近くの チャイナ街(上海ストリート)

この間、ひさしぶりに日本語で道を聞かれた、どこの国に行っても道を聞かれる性質なのは、今回に限った事ではない。でも、ここ釜山に来て、当初はともかく、ガイド業のリサーチに出るようになってからは、だんだんと、声をかけられる事はなくなっていた。しかも、日本語で声をかけられるのは、お店の客引きと、相場は決まっていたから・・。

ところで、そのひとは、日本人ではなく、中国の人だった。香港の近くで、昨今、急激に発展している、経済特区の深センの出身だという。そりゃ、大陸の地続きだから、なんの不思議もないと、気分的には思った。

ただ、釜山は、地下鉄も、日・英・中・韓と、4カ国語でアナウンスしている。時間帯によっては、日本語が堪能な年配のボランティア通訳の方が、切符を買うのさえ、手伝ってくれる。(だから、自分達も、買い物の橋渡しだけではなく、どういった所にお客様を、お連れすれば、喜んでいただけるのかが、勝負とばかり、リサーチに励む事になる。)

わざわざ、日本語まで、ぺらぺらの中国人が、道に迷うこともないだろうに。

そういえば、今回、自宅に、日本語を習いに来ていた、小学5年のサッカー少年が、父親が単身赴任していた上海に、一家で越して行く事と、なっていた。ダントツ、世界1の日本語学習者数を誇っていた韓国でも、日本語は理工系の高校などを除き、中国語にその座を譲っていっている。

その昔、オーストラリアに暫しいた時にも、華僑の力には、圧倒されたから、今になって中国の時代などという、つもりもない。(国力どうこうより、なんせ、世界で、14億以上の人数なのだから)それよりも、もっと、中国人がいてしかるべきだと、さえ思っていた。 釜山も、400万弱は抱える都市だが、大阪の方がもっと中国のひとは、いるだろう。いや、北海道の観光地、田舎でさえ、もっと。

そのひとは、日本(横浜)と中国を行き来きして、仕事をしているらしい。今回は、たまたまフェリーで、仕事ぬきで来たという。「韓国語は、話せないんで。」と、頭を掻いていた。そりゃ、タフな中国人も、人の子には違いない。南浦洞ではいきつけの、「ソウル・カクテキ」で、ソルロンタンを、食べながら、暫し、日本や中国の話になった。

深センにも、日本人は結構いくでしょう」 「ええ、すごく増えました」「香港の近くだから、広東語ですか」「いや、年寄りを除いては、ほとんど標準語(北京語)ですよ」あ~、そうなんだ、香港に近いとはいっても、やっぱり本土なんだなぁ。「一回行ってみたいですね」「え~、是非来てください、案内しますよ。」そこで、チョッと図にのって、「これからは、日本人も、深センで暮らすようになるかもしれませんね。」と、その時、その方の顔色がさっと、変わった。「風習・文化も違う、だから、よっぽど覚悟しないと、日本人が暮らすのは難しい。」やっと、漢民族らしい気配を感じて、逆に妙に腑に落ちた。