なんだ、かんだと、釜山の街をこの3年間歩いてきた。勿論、ご縁あった色々な方、或いは会社の方の、オファーをこなす為がほとんどの日々であったので、気楽な物見遊山とはいかなかった。それが為、対岸に福岡(九州)、下関(山陰)といった歴史も風情もある魅力的なエリアを、眼前にして、なかなか行く余裕がなかった。
それでも、飛行機のみならず、海からも、日本との直線距離200キロ圏ということが、何ごとかある度の、支えだったかも知れない(笑)。しかし、その”何ごと”かある毎に、何らかの学びになっていった。地味ながら、この3年で、釜山も本当に、どんどん変わった。一連の変化のさきにあるのは、一人でも多く、釜山を訪れる人を増やそうという試みであった事は、間違いない。
2011年の、一番の変わり方は、インフラに続いて、訪問、定住外国人の数、国籍の多様性が目に見えて増えている事である。