美療と健康と、漢薬(韓薬)店

CAM00213

CAM00219

街を歩いていても、日中は大分、ぽかぽかと暖かくなってきました。もう、旧暦の正月は目の前、デパートも在来市場も人でごった返しています。

現在、美療加療で釜山に来られている、お客様のサポートをしております。ご自身も、美容にかんするお仕事をされておられるという事もあるのか、ここに到るまで、ご自分の眼でしっかりと確認され、今回、釜山での加療を選択されて昨日、加療をされました。

私どもは、こちらに来る日本のお客様をサポートするのが、仕事なわけですが、その中でも、美療や健康にかんすることは、潜在的なニーズとして、このサービスを始めた当初より、念頭にはありました。

韓国から、日本をみれば、日本の日本人にしかわからない個別の問題はあるとしても、日本のマーケットやサービスを恒常的に受けているお客様に納得していただく。もう、為替の恩恵もないわけだから。

最近、お世話になっている韓薬店の丸薬
最近、お世話になっている韓薬店の丸薬

自分達も、とにかく慌しい韓国の日常のなかで、健康を維持することには難儀していますが、探せばやはり地道に、東洋の知恵を現代にアジャストさせて、スキルを磨き適正価格で提供している方は、いるようです。漢方のお店も、偶然見つけた訳ですが、わかりやすく処方の意図を説明してくれる女性の薬剤師の方が、柔軟に薬方を提案してくださいます。

近時、韓国の韓方も、あまりに高額で、お客様からの宿題に、なかなかお答えできなかった訳なのですが、やっと、お役にたつ事ができそうです。

プサン の 冬 を 歩く

  日本は、2015年も2月を迎えて、既にいろいろなことが始動している現況でしょうか。

ここ釜山は、これから旧暦の正月を迎えますが、当局はここ暫く、日本の著名な旅行ポータルサイトの依頼を受けて、釜山の観光地とホテルの紹介記事作成のため、釜山の市中を再検索するため、連日歩きまわっております。

釜山・冬柏公園のベイエリアにできた、海を眺めながら軽食からディナーまで楽しめるスポット。ザ・ベイ101
広安里ビーチ 1
広安里ビーチ 1
広安里ビーチ 2
西面の地下商店街・大賢プリモール
大賢プリモール2
大賢プリモール2

土臭く、いにしえからの大陸の匂いを放つ、海の街と、新しいベイエリア・リゾートの顔。そのコントラストを、少しでもお伝えできればと、思いながら、なかなか難しいです。^

韓国の冬・整形の冬? 真面目な整形事情。

2014-01-16 16.37.06
写真と、記事の内容に、整合性はありません。※但し、この病院も、人でびっちりでしたが。

韓国は、もうすぐ旧正月を迎える。そして、いち早く、卒業シーズンの冬休みを迎えている。

そんな中、この間、立て続けに、釜山で形成美療を受けたい旨のオファーを受けて、改めて、クライアントの方に成り代わって,形成病院が林立する、西面の病院を20件以上廻ってみた。

ご多分に漏れず、韓国は形成大国だ。そして、それ以上に、プラグマティズムの精神に満ち溢れている。話が少し違うが、韓国で地下鉄や構内の広告スペースは、病院の宣伝広告がその8割を占めている。

そんな状況だから、ネットや広告だけを間に受けて、病院探しはできない。まずは、自分の廻りで、手術を受けたひとからの話、続いては、美容についてセンスと信頼の持てる友人や知り合いからの情報。そして、実地に足を使って確認する。(刑事もの、みたいですが。)

日本の社会では、その行き過ぎが揶揄されている韓国のサイボーグ整形だが、ここでは、この卒業シーズンの冬休みの時期がその需要のピークとなる。

さて、評判といわれている病院に行くと、流感の病院の待合ですかと、いうほど人が溢れかえっていた。好況感に乏しい、今の韓国で、ここは別世界という位。母親に、伴われて、相談にきている、また、メンテナンスを受ける、10代の女の子でごった返している。

整形と並んで、よく廻りの人達が、受ける施術には、目の矯正術のレーシック・ラセックがありますが、保険はきかないので13・4万円弱位の費用がかかる。

このあいだ、当方の姪っ子、甥っ子とも、レーシックの手術を受けたのだが、「痛い~。」とこぼしていた甥っ子とは裏腹に、姪っ子は、「何も痛くもないし、苦痛なんかなかった。」と言っていた。ここで、愚痴をこぼしては、眼の整形を受けられなくなるという、自分なりの強い意図が秘められているからだ。そう言う意味で、かくも真剣勝負。親も、できることなら、無理をしてでも、受けさせたいと思っている。

2014-01-16 16.33.34
西面ロッテ界隈 美療関係のクリニックが、軒を並べる

閑話休題。施術に、はやりすたりがあるのも不思議だが、とにかく、症例の数が豊富な韓国では、苦情の数と相まって、日々その技術も進展しているようで、今回、感じたのが、個人差や仕上がりに考慮する病院が増えている現状だ。当然といえば、当然なのだが、なにせ、商売っ気の強いお国がらだ。やっぱり、アフターケアを心配してしまったりする。それと、韓国に詳しい方はご存知だと思うが、人、其々、かなり個性がちがう(それは、どこの国でも、そうだと思うが、その程度の違いとして)。相性というのが、あるのである。

色々と、相変わらず、喧しい日韓関係ではありますが、厳しい競争社会のなかで、一般の人達は、それぞれにとって、たった一度の人生を懸命に生きているのは、同じことだと、街にでるたびに、思います。

前述の、姪も甥も、その後、副作用もなく、一人は社会人として、一人は未来のインプラントの施工の技術者として勉強しています。今回のリサーチでも、あの病院のあの先生は、眼に強いとか、あの先生は鼻に詳しいとか、丁寧に情報をくれたりしています。子供が、大きくなると、本当に光陰矢の如しを痛感しますね。

 

 

 

 

2013年 師走の 南浦洞& 西面 の 妖しい?夜

2013-12-02 17.30.42
2013 南浦洞 のクリスマス の 風情

世界では、本当に戦禍のなか、また災害のなか、今も、家もなく寒空のなか、大変な思いをしてる人が沢山いる・・と、思いながらも、あまりにも、そんな世界の情勢を尻目に、

皆目、整合性も危急性も俄かにには、感じられないことで、平和に往来していた人の流れを阻害し、国にぶら下がることなく、自活していた多くの人の経済を破砕した報いを、このあと、どこに、どうやって転嫁していくのだろう・・・

それでも、2013年も、師走。

韓国のならいか、常に、街はスクラップ&ビルドして、益々、無国籍化しながら、進んでいます。仕事以外には、あまり行かない・若者の街?繁華街のひとつ、西面(ソミョン)。ここも、短期間で、かなり街の様相が 変わるところ。

2013-12-10 17.25.57
飾り窓?・・・・答え カラオケ(ノレバン)店 の外観

 

2013-12-10 17.23.35
え~置き・街? ・・・ 答え、軒を連ねる 占い店

近々、釜山に来られるお客様の趣向の参考にと、用事がてら、西面を歩いてみれば、やはり、若者で賑わっていた。ただ、海産物の飲食店ではいつもは、満載されている水槽に魚がいない・・。

日本では、いろんな懸念もありつつ、海の幸離れは、あまり見られないというのに、韓国は風評被害は、大きいのだなと、改めて確認した。やっぱり、海の物は、チャガルチか、キジャンか。

「ここは、どこですか?」

若者が、こぞって集う”西面”の ニュースタイル・カフェ

通訳 カン記

暦を見れば、もう9月も中盤。日本で言えば、旧盆の秋夕(チュソク)を間近に控えて、めっきり、秋めいてきました。

先日は、これまでミニ・バイクのレースも主催され、現在は125ccクラスのレース・イベントにも参戦されているような、タフなエンジニアの方が、大分で行われたモーターサイクルのビッグ・イベント、九州モーターサイクル・フェスティバルに参加された、その足で、”カメリア”に乗って、釜山にバイクの買い付けに来られた。

出航前の 関釜フェリー”はまゆう”

最近では、この、殺人的な交通事情の韓国で(笑)、日本から・バイク・ツーリングの愛好者の方が、ツーリング・ツアーを企画し、フェリーに乗って、楽しまれる方がおられるのは知ってはいたが。。

古くから、ポッタリチャンサのおばちゃん達が、釜山と下関を往来したのは、周知のことだが、飛行場と違い、港は、積み上げられるコンテナは圧巻だけれども、なんだか、のどかに見える。

ところが、通関となると、法律も目まぐるしく替り、情報も錯綜する。だから、通関事務所にいくと、通関できず、倉庫に、留め置かれた荷物の扱いを巡って、事務所を仕切る主査のオバチャンの怒号が、鳴り響いていたりする。(でも、不思議とそういう人が、一生懸命、仕事をしていて、困ったときに、助けてくれたりするので、皆さん、怒っていると、思わないでくださいね・・釜山まめ知識。)

タイや、いざとなったら、北米まで、バイクのことなら、飛んで行くのも厭わないという、その方と、終日駈けずり廻り、なんとか船に載せた。

※フェリーでの、バイクの搬送は、日本からの持ち込みで、必ず、持ち帰る事が確実の自家用バイク(登録済・No.プレートあり)が、一時輸入車として、搬送料金1台につき、2等船室代1名込みという、扱い。韓国からの購入バイクは、完全な単体としての、貨物になるので、注意が必要です。

バイクチームの繋ぎを着たまま、釜山に来られた、その方は、「バイクを楽しむ裾野を拡げて、みんなが、楽しんで、それがまた、エンジニアやバイク関係者の仕事につながれば、いい・・。」と、くだけた話をしておられながら、ポッと言っておられたのが、印象的でした。邪道レーシングバイクに、興味のあるかたは、是非。

そして、「いや~、ここは、どこだろうと思ってしまいますよ。字が読めないだけで、まるで、日本みたいだ。まだまだ、発展しますね、ここは。」とチョッと嬉しいことを、言ってくださいました。

Men at work in Busan as usual

確かに、街中、工事中^^。

そして、韓国からの、バイクちゃん、チューン・ナップされて、日本のサーキットで頑張れ!!

 

長く、新たな、挑戦のはじまり・・

海運台 冬柏公園の 人魚の像

3月11日の、信じられないできごとから、何日が経過したのだろうか。急な仕事が入り、徹夜続きの目に、ニュース速報が入ってきた時は、冗談としか思えなかった。其の後、ここ韓国でも、言葉にもならない、いやこんな姿の日本を、想像だにできない姿の被災地の光景を、終日、放映する日々が続いた。

釜山港や、金海空港からも、日本語で「がんばれ日本」の横断幕を張ったコンテイナーや、物資を格納した貨物が、出立していった。韓国の現代史の中では、異例の光景だと、当局のカンも何度も、驚いていたが、2000年から始まった、韓国と日本との交流促進の過程で、確執がありながらも、厳然と、人や物が行き交った証だと、隔世の感も感じつつ、浮き足だった毎日が続いた。

住む家を失い、昨日まで日常を傍らで共にしてきた伴侶や、子供や親を突然に失い、寒さにうち震え、失くした生活の痕跡を求めて彷徨う人の姿には、大災害を前に先進国も、途上国もない、痛切なリアルと無常をいやが上にも、突きつけられた。その間も、お客様を伴って、海運台や松亭などの、春のビーチを案内しながら、沢山の人々が集う、和やかな波濤と、被災地の映像のギャップに、混乱を禁じえなかった。

日本の災害から1週間後の日曜日、海運台ビーチに憩う人々

今、現在も日本からの避難の為もあって、ここ釜山は小さなモーテルに到るまで、お客様でいっぱいらしい。殊に、ビーチやセンタムの新世界デパート等も、それらしい日本からの外国の人で、にぎわっている。苦肉ではあるが、そんな状況下の中だけに、日本に1番近い外国として、釜山を活用して頂けるのなら、非力な、半島に住む日本人としては、一時の休息の場として英気を養って頂くのを祈るのみである。

信じられぬかもしれぬが、今回の日本の災害は、これまでにないインパクトで、韓国のひとに、捉えられている。もはや、国の枠、云々ではなく、まして、日本だけに起こりうる事案ではない、というのが、心ある韓国のひとの本音ではないだろうか。

自粛は、平時にある人間の役割として、須らく、讃えられるものではないけれども、震災間もなく、釜山近郊の機張の漁港で、永きに渡って続いている、伝統のいわし祭りも、今回の日本の震災で早々にとり止めになった。「同じ、海を糧に生きてきた漁港の街の多くが、あれほどの被害にあった中で、祭りなどできぬ。」と、古老の人達が暗黙のうちに瞬時に、決したそうだ。

昨日立ち寄った、釜山の繁華街西面の、2大書店、栄光図書や教保文庫でも、ここ最近ではないほどの、多くの、年代の端正な眼差しをされた方々が、熱心に日本語の学習書を、選んでいた。

昨年は、北朝鮮に撃沈された天安の喪に服す為に、春の慶尚南道の桜に纏わる祭りは自粛されたが、今年は執り行われるだろう。今、現在は木蓮の白い花が、これからこの市中を埋め尽くす、雲海のような街路樹の桜の露払いのように、咲き誇っている。

 

震災から、ずっと頭の片隅で渦のようにちらついていた、自分達の、第2の故郷ともいうべき、北海道の北・オホーツク、流氷の海の街・紋別。そのながきに渡り、地域の人々にも愛されている地方紙のウェブサイトを覗くと、言行一致で新参者を支援してこられ、国内外を飛び回っておられた(る)デスクのコラムが、日本の中でも地震や天災の少ないところとして、震災した方々の受け入れの準備をすすめよと、力を込めて提言されていた。既に、数組の被災地のご家族が、ほど近い、芝桜観光で有名な滝上という街に入られたそうだ。海の物、山の物に恵まれ、食料自給率200%と言われる北海道の中でも、本当に格別の素材を提供する場所である。

話が逸れてしまったが、そこに住んでいた自分達が良く知り、本当に懐かしく、かけがえのない素晴らしいエリアである。被災地のみならず、今、現在、国難ともいうべき危機のなかで、安全で環境のよい場所をもとめている方がおられるなら、一度、検討に加われてみるのも、いかがかと思う。私たちのような、日韓の夫婦も陰に日向に支えてくださった、多くの、心あるかたの、おられるエリアである。

単に、東北が危ない、東京は・・とかいう状況ではなく、まちがいなく、新たな価値観で生きる場所を、生き方を選ぶ時が、来ていることを、ここにいても、強く感じてしまう。日本は、せまいようで、ここ韓国から見れば4倍強の国土がある。

自己主張も、声も、大きく、「隙間があれば前に、突っ込む」(笑)という半島の風土の中で、言葉はうまくならないのに、ぶつかり合いで鍛えられ、韓国のひとの機微や、優しさ、それは、日本のひとの気配りや、優しさとはまた違うけれども、困難な歴史が培ったコリアン独特の気質。それが、皮膚でわかり始めた今だから、こそ、あえて、国外からの買収だ侵略だということの前に、日本を日本人が、広く使って欲しい・・。

死者不明者が、2万7000人を越えたという。「たちあがろう・日本」の掛け声。本当に、沢山の国内外からの懸命の応援が続いているのを、見る。それでも最後は、被災を乗り越えるのは、一人・一人違う状況の中で、徒手空拳で活路を見出す、ものなのであると思う。政治や国体も大切だが、人間のもつ直感や、意志や集中力や忍耐力が導きだす、知恵みたいなもの。そして、体力。そう体力。

 

 

 

 

 

 

 

2010年 年の瀬・センセーション、フラストレーション・・(笑)

釜山 新世界デパート のクリスマス デコレート

2010年も、もう12月。冒頭でも、書きましたが韓国に来て、3度目のキムジャンの時期を迎えれば、後は瞬く間に、クリスマスから、大晦日へと、雪崩れ込んで行きます。

ここ釜山にきて、まる2年。

自分達が考えている以上に、釜山のインフラも、日本から韓国へ、韓国から日本へ行きかう人の層や、目的も移り変わっているのを、この仕事を通して、また、ここに住んで、生きていく中で、感じました。

仕事においては、もっとそうですが、机上のデジタルな話ではなく、現場レベルでの話しでは、まさにそれぞれの国の習慣や、考え方の違いから、「なんで、こんな基本的なことが、わかって貰えないのか?・・」といった、お客様からの憤りなども、共感しつつ、

もう一方では、それぞれの人達のバックグラウンドの決定的な違いを考えると、違うのは仕方ないことだな・・と、思ったり、そのひとつ、ひとつが、とても貴重な経験であった気がします。

2010年、続々と、飲食テナントが、カフェへと 変わっていった (南浦洞にて)

このブログの更新が、滞るのも、通訳業等と平行して、中高生に英語と日本語を教授する小さな塾を運営していた為だが、それを通して、巷で喧伝される、「躍進する韓国企業」の勢いとはまた別の、硬直した、権威主義的な価値観の中でもがく、韓国人の日常と相対してきた。

カフェ 2
金曜の夜 渋滞する 西面 の 夜
ちょっと、路地に入れば、やっぱり、南浦洞は 南浦洞

で、なんかまたしても、長い前置きになりそうなので、結論からはいりますが、日本も韓国も、中国云々といいながら、欲しいものや、なりたいことは、中国から来ているものではないという、端的な結実。

2011年は、日韓の交流も、喧騒をより喧しくしながら、拡大すると思われます。そうともなれば、国や民族や慣習という根源的な洗脳の呪縛を越えた、共感性に、フォーカスすることが、どんな状況にあっても、必須なのかなという気がしてしまいました。

それにしても、習得するのも、教えるのでも、言語は、一朝一夕で身につくものではなく、それ以上に、モチベーションの強さ、持続力、そして実践力以外に、仕様がない事を、実体験で学ばされました。(というより、なんでも、親が先回りする社会の効率性と、脆弱性の両端に振り廻されるのに、辟易したり、大変だなぁ・・と思ったり)

韓国でも、今の受験英語教育のシステムが、「実際に、話ができて、活用できて、なんぼ。」という発想に変わらなければ、英語トラウマの子供を増やすばかりで、親御さんも大切な投資金を、ドブにすて続けることになるのは、必至。

いかん、いかん。ここは、愚痴をいう場所では、アニエヨ。

明後日は、今年、最後だと思われる、遠征での通訳に、釜山よりバスで2時間余の、全羅道の小さな街に出かけます。KTXも、全線開通したし、来年は、ソウルにいくことも増えそう。

子供たちの受験が、なんとか終わり、新たなサービスの準備に、暮れは、費やすことになりそうです。

そして、クリスマスソングでも、k-popでもなく、日本のNO.1ヤング・バンドRADWIMPS(ラッドウインプス)を、聞きながら、12月の釜山を駆け回る現況^^。

あ~、でも、日本の年の瀬が、懐かしい。

対馬まで、見渡せそうだった、これまでで、視界NO.1だった 海運台の 海

食べるが、勝ち^^ 釜山、食道楽。

7月も、あっという間に、半ばです。今日は、昨日の晩からずっと降っている雨が止まず、蒸し暑くなっております。そんな時には、近くに、あるメガ・マートのパッピンス(韓国式カキ氷)。練乳と、小豆たっぷりので、ちょっと嬉しくなる2000w(200円しない・・)のラッキー・デザート。フレンチ・スタイルの凝ったデザートが、大好きな自分達も(笑)、メガに立ち寄る度に、ご用達です。(後で、写真アップします。いつも、食べるのに、夢中で、撮り忘れ^^)

ウォンも安定的に安いなか、リーズナブルに、スタミナ食もガンガン楽しめてしまう、プサンの夏の休日。で、ちょっと、省エネで、プサンに来たつもり、食べ歩きシミュレーションをアップしてみました.

海鮮も、カルビもなんでも、ござれは、釜山の特権、百聞は一見にしかず、どうぞ、舌なめずりして下さいね。

(街が、水槽だらけで、水族館化してますからね。)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=lIBnp-p_b9U&feature=related[/youtube]

カルビだけでなく、コプチャンも、健在 ^^。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=6SnO-c9pGlI&feature=related[/youtube]

海運台には、ふぐの店が、結構あるんですよ

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=gj05OJouvtk&feature=related[/youtube]

釜山名物 こんなのも、ありか・・、でも、ゴマの風味で。チャンギルム(韓国の胡麻油)は、香りがいいんです。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=DUc5kZHPzZg&feature=related[/youtube]

このお店は、韓国に来て、すぐに、行きました。有名です・・(でも、自分はやっぱりカルビが好き)

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=mKrv9n53yjU&feature=related[/youtube]

オファー頂ければ、美味しいところに、即、お連れ致しますよ~。

釜山の、外国人。

最近、購読しているメ-ルマガジンの誌上で、かって、世界をバイクと車で1周し、砂糖などの先物市場の高騰を予測し、かつ、中国投資への徹底誘引などを説いて、常に投資の世界で脚光を浴びている、ビル・ロジャースが、なにげないインタビューの中で、面白いことを言っていました。

インタビュアーが、中国語の習得を薦め、上海、北京の進化をスポークスマンのように説く彼に、フト「それでは、アメリカを離れたあなたが、何故、中国ではなく、シンガポールにすんでいるのですか?。」と尋ねたところ、「中国の汚染が、かなりの勢いで進んでいるからだ。」と、答えていました。単なる伝聞ですが、かなり示唆的だったと思います。

この間、韓国政府が支援する、在釜山・外国人向けのセミナーに行ってきました、現在プサンに合法的に滞在する外国人は、17万人位だそうです。この日も、ダントツに多い中国系の人、ロシア系、それに日本人等、かなりの方が参加されていました。日本よりも、内外国人への対応が遅れていた韓国もできうるだけの手段で、より沢山のルートを作ろうとしているようです。

上載の病院は、韓国の身内が昨年、心筋梗塞で倒れたのを救ってくれたり、別の身内が腎臓透析等で、ずっと、通院しているキリスト教系団体の運営する病院です。たまたま、そんな事がご縁で、そこの医療関係の方に、週に何度か個人的に、うちのほうで、語学教授したりしておりました。

国家戦略と個人の関係は、相半するところがありながら、大きな流れであることは疑いありません。いつも思うことですが、日本人が持っているサービスや顧客対応の水準は、外国でこそ、まさに今、必要とされていることと、痛感しています。 釜山も桜が終わりましたが、これから、海浜観光にも打ってつけのシーズンに入ります。ゴールデン・ウィークも、もうそこまで、来ていますね。

釜山の名物、西面のデジ・クッパ通りで、元気に働くアジョモ二。

キムジャンと、李明博(大統領)という男

釜山 海運台(へウンデ)ビーチ通り の カフェから
釜山 海運台(へウンデ)ビーチ通り の カフェから

この間、朝鮮日報を読んでいたら、品質は日本産に、量とコストでは中国産に押される「キムチ」というのが、あった。

今年は、この釜山も、寒が入るのが早くて、キムジャンの作業も、前倒しになっているようだ。キムジャンは、いわゆる、もともと、昔は日本でも田舎の親元が漬物を大量につけて、離れている子供や、兄弟の家に送ったように、大量にキムチを漬ける初冬の一大行事。

でも、あまりにどこでも取り上げていて、それを話題にするのも、気乗りしない位、韓国の生活と、キムチは切っても切れないものだ。以前見た、日本の映画「かもめ食堂」で(韓国の子供達に見せても、好評だった)・・おにぎりは、日本人のソウル(魂の方)フード・・と言っていたが、キムチは韓国人の”血”そのものだろう。

ここで生活している人間としては、リアルな韓国・釜山を感じて欲しいので、旅で訪れただけでは、見えない視点から、ここにあるものをお伝えしたいのだが、次にアップした在来市場の動画でも、明らかなように、やっぱり、キムチの材料で満ちあふている。(動画中、プサン市場といっているが、プジョンの間違い、返す返す、本当に何を言ってるのか自分(。-人-。))

西面エリアの中にある、在来の釜田(プジョン)市場の昼の風景 <-動画リンクです。

も、はっきり言って、これが、釜山!!  とも言えない。

韓国のトップ、イ・ミョンバク大統領は、風貌に似合わず伝説のビジネスマンとして、知る人には知られている。

この釜山でも、はっきりと、トップ主導の、都市戦略が進んでいるのが、わかる。(この間の痛ましい事故の時も、半島事情通の第一人者・黒田勝弘氏は、韓国の都市機能が集中しているソウルではなく、地方都市の釜山で起きたことだと、やんわり擁護していたけれど。)

とにかく、似ているようで、やはり違う日本と韓国。 ヨーロッパに篭絡されて、ロハスしてるばかりではしてないけど(´▽`))、かなり、いかんなと、肌で感じてる次第です。

で、写真 へフンデの事だったんだけど、本題に入らないで、終わってしまった。