夏は、釜山!海に、山に、旅情と、美味しいが満載^^。

今朝の、釜山は遅れてきた梅雨か、または台風12号の影響か、凄い雷鳴が鳴り響いていました。それでも、今はもう、からりと晴れ上がり、夏本番の海風が、吹き抜けています。

今年の釜山は昨年来、新しい施設や、スポット、ホテルの開業、または、竣工の開始など、オン・シーズンに向けて、日本からの旅の方も含めた、海外のお客様 をお迎えしようと、準備に汗を流しておりましたが、色々と水を差された格好(苦笑)となり、とうとう、夏休みの時節を迎えております。

されど、まさに夏・本番。 ビーチで遊ぶ、寛ぐも良し、新装のショッピングモールで、買い物したり、食べたりも良し、市中の拠点にはかならずある、温泉のチムジルバンで、汗を流すもよし、

釜山の山麓に点在する、(海にもありますが・笑)仏教寺院で、祈りのときを持つも良し、在来市場・海産市場で、溢れんばかりに並んでいる山海の珍味をひやかしながら、焼肉や、刺身を頬張るのもよし、

今の釜山は、色々な嗜好をもった方達に、楽しんで頂くのに、うってつけの場所に、進化している、真っ只中。

とにかく、近い^。 ちょっと、最近のスナップを掲載しますので、釜山の今を、感じてみてください。

影島の国立海洋博物館の整備されたテラスから、釜山港を望む
影島の国立海洋博物館の整備されたテラスから、釜山港を望む
ユニークなデザインが、人目を惹く、博物館の外観
ユニークなデザインが、人目を惹く、博物館の外観
海洋博物館の涼やかなメインのトンネル型水槽展示
海洋博物館の涼やかなメインのトンネル型水槽展示

 

板張りのテラス状に、綺麗に整備された、広安里ビーチの水辺で、寛ぐ人たち
板張りのテラス状に、綺麗に整備された、広安里ビーチの水辺で、寛ぐ人たち
ビーチの砂浜で、占いをする人、皆、結構、見てもらっている
ビーチの砂浜で、占いをする人、皆、結構、見てもらっている

 

釜山郊外、梁山[ヤンサン]の山中に佇む内院寺(ネオンサ)の渓流に、涼を求める人々
釜山郊外、梁山[ヤンサン]の山中に佇む内院寺(ネオンサ)の渓流に、涼を求める人々
内院寺の寺社外観
内院寺の寺社外観
内院寺は、善徳女王の時代から、尼僧に依って、受け継がれてきた由緒あるお寺 整然としたお寺同様、仏様も清廉とした佇まい
内院寺は、善徳女王の時代から、尼僧に依って、受け継がれてきた由緒あるお寺 整然としたお寺同様、仏様も清廉とした佇まい

そんな、今年、2015年・夏。釜山近郊を訪れて頂く方に、釜山の新しいスポットと、古いものとが織り成す、コントラストを味わって頂こうと、当局でも、ささやかながら、キャンペーンを行っております。

7月限定・カムバック・釜山キャンペーン

この機会に、どうぞご利用ください。しっかりと、貴方(貴女)さまをサポートして、想い出にのこる釜山の旅の一助となりますよう、務めさせて頂きます。

慶州も、KTXで30分あまりですから、釜山を拠点として、日帰り観光して、夜は釜山の賑やかなビーチで、大橋のライトアップした夜景をみながら、ビールをごくっと飲み、旅情に浸るというのも、お奨めです^。

釜山の渓流と、「長安寺への小さな旅」

機張の市街を、過ぎてからも、こんな感じの海水浴場が、点在している

残暑、お見舞いといいたい所ですが、きっと、釜山はこの夏、最高の気温だったのでは?と、思える暑さ。「日本では、連日、未だに最高38度を記録するところも、あるんだから、何のこれしき。」とばかりに、ゲイターレード(スポーツ飲料)を、片手に歩いています^^。

今日は、女性の一人旅のお客様に、「釜山の、一押しのところを・・」と言われて、思い立って、長安寺まで足をのばしてみる事に、しました。

電池切れで、途中の素晴らしい海岸の景色は、撮れず・・、鄙びた建物。。

松亭のカフェで、軽く休んで車で、海岸線を機張まで。普段は、立ち寄る竜宮寺ですが、行かれた事があるという事と、暑さを考慮して、漁港の風景のみを楽しんで頂いて、機張市街の、より奥手をめざします。

イタリアンのレストランや、刺身の店、などが、岩礁に逆白波が音を立てて、白くくだける絶好のロケーションに、程よく配置され、古びた石瓦の風情のある、現役の韓屋が、ここそこに立ち並んでいます。

小さなビーチ沿いに立つ、陶芸体験館  

その気持ちよい、海岸の景色を後にして、長安寺に向かう為、山側に車は進路をかえます。そこは、慶州の郊外とは違い、水田ではなく、畑作農家の畑がいい感じで続いています。

夏に、ソウルをはじめとして、近隣都市からもビーチに沢山のヒトが詰め掛ける釜山では、地元のヒトは、山の渓流に水遊びに行くと、よく聞かされていました。

大地も、雄大な北海道で、大雪山国立公園の渓谷から、富良野や十勝平野のなだりも足繁く通った自分達には、釜山の雑踏の中で、そんな渓谷どこにあるのと、思ったのが、正直でしたが、一度来てすっかり、はまってしまいました。

海辺から、長安寺に向かう道への 交差点での、 逆向きの指示看板

上載の看板の小さな集落を、右手にはいってからの風景も、面白い趣向の郊外のお店や、ツーリスト・ホテル、見事な蓮の花が、溢れんばかりに咲いている池など、なんともまぁ、いい感じで、だんだん緑が深くなっていきます。

渓谷 への 入り口

窓から、入ってくる空気が、一段と冴えているのが、酷暑の中にもはっきりして、聞こえる蝉の鳴き声も、街中のアブラゼミだけから、ツクツクボウシ、ニイニイゼミの声、クツワムシとか、本当ににぎやか。

渓流 で、 川遊び を 楽しむ 人たち

だんだんと、清流で、遊ぶヒト達の歓声と、辺りは一面の緑に包まれて、山寺へ参るには、本当に、あつらえたような光景が、連なっていきます。

「あ~きっと、四国の遍路寺も、こんなシチュエーションのお寺があるんだろうなと、」、両親も行って、一番感激していた四国の巡礼寺のことを、暫し、想ったりしていましたが、もとい、ここは、韓国・釜山。

お寺 の 正門へ 到る  エントリー

昔のひとは、お遍路同様、歩いてここまで、参ったのだろうが、今は特にこの暑さの中では、車でここまで乗りつけられる事が、有難い。色んな弾圧の歴史の中で信仰を守ろうとした人の想いと、霊場というにふさわしい環境と、澄んだ空気が、有難い気持ちにさせてくれる。お客様も、「へ~、いいところですね^^。」と喜んでくださり、2倍に嬉しい気持ちになる。

長安寺 ・ 正門 写真では、ちょい派手めだけれど、実物は、古寺の風情たっぷり
お寺 の マスコット 犬君も、暑さで 一瞥したのみで、お出迎え
渓流から、曳かれた清水 で、 お浄め  気持ちいい ^^

韓国に来てから、まだ数えるほどのお寺にしか参っていないが、このお寺は、本当に、古寺らしいなぁ~と、感じてしまう風合いに、満ちている。 寺のすぐ横にも、手ですくって、そのまま飲めそうな渓流があるのだから、この浄めの水は、格別のおもてなしである。

大有殿 手前の 庫裏

暑さのせいで、人もまばら、これ幸いと、連なる山と寺院とのコントラストを、おのぼりさんのように、無作法にキョロ、キョロしながら、本堂へと進んでいく、

本堂 の 如来 像  、 日本の 仏像さまと、うりふたつ 

本堂では、女性の信徒の方が、敬虔に祈りを捧げておられたので、かなり恐縮して、シャッターを押した。後より、聞いたが、住職さまは真面目な方で、仏像にカメラを向けるのを窘められるそうなので、この熱暑の午後は、幸運だったのだろう。

だが、この古寺を気持ちよく開放して、参拝料もとらず、すみずみまで愛情深く管理されているのが、伝わってきて、信徒さんともども、なんか、そこはかとなく良いなぁ~と、感じてしまった。

本堂 より  山 を 眺める
とにかく、 菩薩 さま

長安寺は、新羅時代(673年)に元暁大師により創建されて双渓寺といわれたが、809年に哀荘王がここを訪れた後、長安寺と改称されました。1592年に文禄の役で焼失したのち、1638年に太義禅師により再建されました。

と、 紹介を引用させて頂きましたが、朝鮮の歴史に疎い自分にも、お気に入りの通度寺と、負けない位の歴史がある訳だから、寺格を感じるのは、当然にしても、流れる空気が、いい。

極楽堂という、 仏舎利をお奉りしているところに、安置されている 涅槃仏像

そのうち、奥手に極楽殿という、なかなか豪奢な雰囲気のする庫裏を、見つけた。仏舎利を、奉納されているところに、しかも涅槃仏という、組み合わせ。 思わずまた、シャッターを押してしまった。

これも後に、この仏さまを撮られることを、住職様がことの他嫌がるという事を聞き、これも暑さの賜物^^と、有難く手を合わせた次第です。

お寺 の  横 を 流れる 清流
お寺 の 駐車場に、放し飼いされている、ロバ君 沢山の人に写真を撮られても、だまってサービスして、ポーズをとっていた
お寺 近くに 連なる  露天

お寺、付近には、風情のある民宿(韓国では、民泊)、地鶏を使った、参鶏湯や、山菜を使った韓定食のお店も、結構あり、今回は他のエリアのお店に予約を入れていたが、「こんな場所で、食事をしない手はないぞ。」などと、お客様と、能天気に語りあいながら、釜山の雑踏(センタム)にむけて、帰途につきました。

長安寺 門前の  韓屋の 宿屋 の  入り口 
韓屋 の  宿   2

釜山の怪、朝鮮半島「奇譚」。

自宅から一番近い、在来市場 東莱市場のなかにある 古い「廟」

今日も、雨が降っている釜山からです。

ところで、ここ、釜山にいると、国境という壁は厳然としてあるけれど、やっぱり大陸への登竜門なんだなと、事あるごとに、思います。なぜなら、やはり生活しているうちに、中国との関係(たとえば、中国から生薬を運ぶ人の話)や、ロシア地域にまで到る、朝鮮族の人達の往来の話を聞くともなしに、耳にするようになるからです。

韓国によく来る方は、周知のことでしょうが、釜山の市内ではコンビ二の数ほど、と言ってよいほど、キリスト教の教会が、多く、韓国に来てすぐに、牧師である義姉夫妻が開拓教会の設営をする手伝いに、駆り出されて、色々な経験をしました。(ちょっと、日曜がくるのが、怖いときもありました 笑)。とはいえ、仏教の信徒はそれよりも多く、釜山市内、近郊のお寺にいけば、仏教の作務衣を着て、お参りにくる熱心な在家信者の方を沢山みかけます。 (このブログでも、順番に、この近郊の名刹のルポを書いたりします。)

その上で、儒教、道教の文化がいり混じります。

東莱市場から マウルバス 6番の途上で、見た路地より

釜山に来て、この家(上載の写真は、関係ありません^^)で寝た初めての晩に、萱葺きの原初的な農耕の村を背景にした、これまで見たこともない風景の中で、笠をかぶって一人、こちらを見て笑う少女の異常に鮮明に、記憶に残る、夢を見ました。後で、折々に見ることになった、近代化する前の朝鮮の村落の写真が、まさにその風景だったのには、驚きました。(勘違いをして欲しくないので、はっきり言いますが、自分はオカルトマニアでもなんでも、ありません。)

ただ仙道などを、生半可に齧(かじ)ると、気には敏感になり、不思議な思いをする事は多いのですが、やはり、島国にはない、独特の歴史を内包しているのを体感したのかもしれません。

自分も言葉がもっとわかれば、中国の道教とは、また似てるようで違う、韓国の国仙道の話などを、ガンガン読んでみたいのですが、今は相棒のご機嫌をとりながら、少しずつ探求していくつもりです。(相手は、プロの通訳なんで、敷居が高いです・・なかなか。ナンテ。)

儒学者の なのか?堂に祭られていた。肖像。

言葉は、一朝一夕で、身につくものではないのですが、アイデアのある方は、通訳を使ってショート・カットするのが、或る意味、(費用対効果的に)賢い選択だと最近つとに思います。何せ、時(タイム)はお金以上ですから、自分らの年代になると。