通訳の 愉しみ?

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今日は、戸外は木枯らしという訳ではないですが、枯れ葉を舞散らす、冬の到来を告げる冷たい風が、吹き抜けています。

上載の写真は、東莱市場近くにある、朝鮮時代からの役所跡を復元している、ところ。

仕事に出かける折、地下鉄駅までの間、バスより見る風景ですが、大分、仕上がってきたようです。

釜山市中に、今も尚残る、日本家屋
釜山市中に、今も尚残る、日本家屋

 11月で、ここにきて、このサービスを立ち上げてから、丸6年を過ぎ越しました。お客様と、仕事を通して、今までいかなかったような

韓国のエリアに行ったり、本当にさまざまな案件に、係わらせて頂きました。 

 

早かった、遅かったか、そんなことにさえ、気がいかなかった程、嵐のような日々でしたが、鏡にうつる自分を見れば、

目尻に深く刻まれた皺に、その歳月が現実であることを、いやがおうでも突きつけられます。(笑)

 

でも、この皺も伊達ではなく(苦笑)、ことにここ最近は、業務でいった相手方の方に、「貴方なんで、そんなに頑張るの。」と、

押し問答しながら、半分笑って聞かれることも、ままあったりします。

 

若いときなら、角がたったり、押しがきかなくて、通せなかった案件が、それなりに相手のかたの「やれ、やれ」感も伴って、結果的にちょっと無理めかなという、

お客様の意向に、何とか対応できたりしている。

そして、やっぱり、お客様に「助かりました。」と言われることは、この仕事の、醍醐味かなと思います。

釜山の絵画展から、釜山の或る街並み
釜山の絵画展から、釜山の或る街並み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”釜山から対馬” オールひとつで。

真夏の広安里ビーチ・提灯回廊 1

本当に、このブログを最後に更新したのは、いつだったか(笑)。でも、業務をいい加減に扱ったり、ウェブサイトの運営を怠ったっている訳ではありません。

最悪の日韓関係などと、メディアは喧しく、現実この間も、いつも真摯な対応でお世話になっている、冷静な両替商の方が、珍しく「ほんとうに、日本の方が減ってしまったね。」と洩らされるほど、日本からの観光の方は減っている現状のようです。

こんな状況であるから、より実務優先、守秘義務の徹底として、業務でのこぼれ話の掲載を、躊躇していたら、業務の準備と遂行の狭間の中で、今日に到っている次第です。(すごい言い訳だ^^^)

益々、韓国では、ライフスタイルに日本の製品が普段使いされ、甥っ子たちも日本のアニメや、コンテンツの話題も、自分より詳しかったりするのに、その理由や是非はどうあれ、残念なことではあります。

そんな中、この数日、オーストラリアから、この韓国・釜山までこれまで、シーカヤックと自転車で、その間の国々や海を越えてこられたI氏が、対馬にむけて、釜山の海岸から出立する為の、行政とのやり取りを仲介する業務を請け負ってまいりました。

8月13日、あるいは、14日、朝・未明。 ”冒険をしながら、アジアの若者にメッセージを送りたい” Iさんは、釜山・松島海水浴場から、出航します。”I さんの Blog

波穏やかに、クジラが泳ぎ、大マグロが回遊し、鯛やアオリイカ、スズキやヒラメや太刀魚、が群れ遊ぶ、絶景の海を、謳歌して無事、対馬に到着して欲しいと、心より思う次第です。

 

真夏の広安里ビーチ・提灯モニュメント
真夏の広安里ビーチ・提灯モニュメント
犬にとっても、真夏。広安里ビーチ。

PS 出発地は、当局のお達しで、他所へ変更になりました。また、このような私的な冒険の場合は、韓国の国情もあり、安易に実施するのは、容易なことではありません。日本語ブログに書いても、仕方ないこととは思いますが、釜山の関係の諸機関のかたには、色々とお手数・ご苦労おかけいたしました。心より、感謝いたします。

2014年8月13日(水)夜10時過ぎ、I さんより連絡があり、無事、対馬に到着したとのこと。

大韓海峡の速い潮流と、14時間、挌闘の末、たった一人で漕ぎ抜いた、Iさん。本当に、おめでとう御座います。

無事到着の報を、受けるまで頭の中で、http://bit.ly/1kBjTL3 の曲が流れていました。良かった。

 

 

韓国の冬・整形の冬? 真面目な整形事情。

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写真と、記事の内容に、整合性はありません。※但し、この病院も、人でびっちりでしたが。

韓国は、もうすぐ旧正月を迎える。そして、いち早く、卒業シーズンの冬休みを迎えている。

そんな中、この間、立て続けに、釜山で形成美療を受けたい旨のオファーを受けて、改めて、クライアントの方に成り代わって,形成病院が林立する、西面の病院を20件以上廻ってみた。

ご多分に漏れず、韓国は形成大国だ。そして、それ以上に、プラグマティズムの精神に満ち溢れている。話が少し違うが、韓国で地下鉄や構内の広告スペースは、病院の宣伝広告がその8割を占めている。

そんな状況だから、ネットや広告だけを間に受けて、病院探しはできない。まずは、自分の廻りで、手術を受けたひとからの話、続いては、美容についてセンスと信頼の持てる友人や知り合いからの情報。そして、実地に足を使って確認する。(刑事もの、みたいですが。)

日本の社会では、その行き過ぎが揶揄されている韓国のサイボーグ整形だが、ここでは、この卒業シーズンの冬休みの時期がその需要のピークとなる。

さて、評判といわれている病院に行くと、流感の病院の待合ですかと、いうほど人が溢れかえっていた。好況感に乏しい、今の韓国で、ここは別世界という位。母親に、伴われて、相談にきている、また、メンテナンスを受ける、10代の女の子でごった返している。

整形と並んで、よく廻りの人達が、受ける施術には、目の矯正術のレーシック・ラセックがありますが、保険はきかないので13・4万円弱位の費用がかかる。

このあいだ、当方の姪っ子、甥っ子とも、レーシックの手術を受けたのだが、「痛い~。」とこぼしていた甥っ子とは裏腹に、姪っ子は、「何も痛くもないし、苦痛なんかなかった。」と言っていた。ここで、愚痴をこぼしては、眼の整形を受けられなくなるという、自分なりの強い意図が秘められているからだ。そう言う意味で、かくも真剣勝負。親も、できることなら、無理をしてでも、受けさせたいと思っている。

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西面ロッテ界隈 美療関係のクリニックが、軒を並べる

閑話休題。施術に、はやりすたりがあるのも不思議だが、とにかく、症例の数が豊富な韓国では、苦情の数と相まって、日々その技術も進展しているようで、今回、感じたのが、個人差や仕上がりに考慮する病院が増えている現状だ。当然といえば、当然なのだが、なにせ、商売っ気の強いお国がらだ。やっぱり、アフターケアを心配してしまったりする。それと、韓国に詳しい方はご存知だと思うが、人、其々、かなり個性がちがう(それは、どこの国でも、そうだと思うが、その程度の違いとして)。相性というのが、あるのである。

色々と、相変わらず、喧しい日韓関係ではありますが、厳しい競争社会のなかで、一般の人達は、それぞれにとって、たった一度の人生を懸命に生きているのは、同じことだと、街にでるたびに、思います。

前述の、姪も甥も、その後、副作用もなく、一人は社会人として、一人は未来のインプラントの施工の技術者として勉強しています。今回のリサーチでも、あの病院のあの先生は、眼に強いとか、あの先生は鼻に詳しいとか、丁寧に情報をくれたりしています。子供が、大きくなると、本当に光陰矢の如しを痛感しますね。

 

 

 

 

1つの歴史 70億の記憶 LIFE写真展 ・・・釜山文化会館

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世界的なグラフ誌「Life」を彩った、歴史的な写真の数々の企画展が、1月5日から、釜山の文化会館の大展示室で始まっている。

昨年の暮れ、南浦のメインストリー卜を歩いていた時に、この開催を伝えるポスターに写っていた、子供の写真が、あまりに印象的だったので、思わず足をむける事と、なった。

ここへは、西面からだと2号線の地下鉄で水営方面に乗車し、大淵(テヨン、Daeyeon)駅でおり、徒歩10分ほど。途中に、釜山博物館もあり、その向こうには、UN記念墓地も連なる、文京エリアだ。

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釜山の文化会館は、そのチョッとした高台に、整然と瀟洒に建てられていて、夜には、夜景もみえる。

190人のカメラマンが、撮った写真だとパンフレットには書かれていたので、内心、あのロバート・キャパの写真も見れるのか、或いは、沢田教一の写真もあったりするのかも・・・と、門外漢ながら、チョッと期待して、開幕日から2日ずらした7日に行ってみました。

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今は、誰もが簡単に高感度なデジカメで、写真をとり、リアルタイムで、インターネットを通じて、現地からその情報を発信する時代だ。それだけに、今を生きている、自分の眼に心に、当時のプロの報道写真家の切り取った世界が、どんな響きかたをするのか、興味もあった、が、結果は、圧巻だった。

ヒットラー、チャーチル、硫黄島での激戦、原爆投下直後の広島の光景、朝鮮戦争、ベトナム戦争、もちろん、戦争だけじゃなく、世界の歴史に名を残した偉人たちのポートレート等、大きく引き伸ばされスチールになった「写真」、一枚、一枚が放つ波動は、被写体とそれを撮るカメラマンの想いが、時を越えて憑依しているかのようで、見終わった時には、ぐったり疲れてしまった。

平常日だったが、大学が近いこともあり、比較的若い世代の方も多かった。韓国も日本もなく、等並みな視点で開示された、現在にいたるまでの歴史の刻印ともいうべき展示を、どのような気持ちで見ているのか、チョッと気にもなったりした。

どの一枚が、印象的かなどとは、今思い返しても、決められないのですが、釜山に来る機会がありましたら、是非、観覧される事をオススメします。この辺りの飲食店は、穴場的に美味しいお店もありますので。

展示の詳細について

戦地から、戻った、ユージン・スミスが、戦地でのあまりに悲惨な体験から、カメラを持てなかった時期に、撮影再開の機となった、自身の子供を撮った、一枚。

 

 

 

足元に ある 歴史 の 旅(釜山博物館)

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光陰矢の如し。2013年も、フィナーレですね。と、いっているうちに、ケーブルTVのNHKでは行く年来る年が、流れ、2014年に突入。皆様、明けましておめでとうございます。

ここ数日の釜山は、ぱりっとした寒気が、晴天とあいまって、いつになく、日中の青空も、暮れる夕陽の風情も冴え渡っている気がします。

ここ数年の夏が、異常に暑かった性か、また昨年の冬に較べては、底冷えしないのか、私どもの住む、東莱(トンネ)からでも、海沿いのビーチや、龍宮寺の休息所の波濤の音を、つい想い浮かべてしまいます。

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先回のブログでも書きましたが、これまで、日本と韓国に拘る、仕事をしながら、両国間の歴史には、あまり関心を持たないできました。綺麗事ではなく、それは、自分たちには、手に負えないものとして、あたらず、さわらず、そんな感じです。

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 過日、朝鮮通信使の話が出て、勿論、概略は知っているつもりでしたが、倭館の歴史に眼をむけると、釜山から日本、日本人からみた釜山の歴史の遷移、また、それに留まらず、この大陸の半島の端である、釜山が担ってきた、”中継点”としての役割が、こういう時代だからこそ、歴史の網の目から、立ち上ってくる感覚を、その時代の余韻を、今に伝える遺構や資料を実際に前にすると、ふわっと感じてしまったのです。

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このまえのブログで、紹介した伽耶の歴史になどには、日本(倭)が統治していた任那説などあるようですが、歴史が好きな方々のなかには、いろいろな歴史の光景をなぞることに、その方・その方の楽しみを見出されることが、あるんだろうなと、いうこと。

そして、歳を重ねるうちに、他のひとには見えない光景を探して、人はどこかを訪れるのだと、いうことをも。

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 追記 2014年1月21日(火)より改装中だった、本館が、とても綺麗にリニュアルされ、オープンしております。単に、韓国の釜山の歴史のみならず、東アジアの海洋文化の流れ、大陸の文化の流入、または、朝鮮文化の底流に流れるもの等、とても見やすく、見ごたえのある展示が、無料にて閲覧できます。石器時代から、現代までの歴史を、出土された現物を通じて体感できる、ひとときを味わったあと、最寄りの広安里ビーチのカフェで、珈琲をすするのも、オツな物と思います。

個人的には、高麗時代の陶器のセンスの良さが、とても印象的でした^^。

釜山博物館・行き方の詳細

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クリスマスの 夜に、釜山 の秘史 を 想う

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新世界デパート の クリスマス イルミネーション
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新世界デパート の 吹き抜けの クリスマス・ツリー

2013年 ここ釜山も、クリスマスを迎えようとしています。本当に 波乱含みだった2013年。

日韓の歴史は、政治に利用されるばかりで、その本質を味わう機会を奪われていることが、昨今、ことに多いのですが、その中で、そういった齟齬にわずらわされることなく、自分達がここ至るまでに、どこから来て、そしてどこに行くのかを史実を探し、仮説を検証する。

そういった、ユニークな視点から、半島と、日本の交流を謎解きのモティーフにされている方々が、おられる事を、仕事を通して知り、案内の下見をするなかで、この半島の南東の端を、いろいろな国の、いろいろな人達が、いろいろな思惑で行き交っていた、そういう場所だったのだと、改めて、最近、思うようになりました。

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金首王陵(kimusuro wang nung)

この、土・日、独自の歴史考で、著書もものされている方の、検証の為の、釜山行に同行させて頂きました。

独立国として、日本の邪馬台国が存在したもっと以前に成立し、王の后は、インドのアユタヤから迎え、日本も含めた海外との交易で栄え、400年弱も、続いた伽耶の国の、遺跡を、金海に。また、朝鮮通信使から、長崎の出島のように、朝鮮との交易を目的として、釜山に逗留した日本人の街”倭館”の痕跡を、釜山市中に。

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古代に 鉄の生産で栄えた”伽耶” 鉄の鎧を、馬にしつらえ、鉄騎兵が、進軍した
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伽耶(金海) 鉄騎兵 の 実物大 モニュメント (2)

どこの街でも、存在するのであろうが、その時代が喧伝する歴史とは、また別の、”秘史”に触れるとき、街の景色もまた、街ゆく人々も、違った眼で見えてくるかもしれないですね。

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金海市 の クリスマス・イルミネーション 1

とにかく、今日は、2013年、聖夜。みなさん、メリークリスマス。

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金海市 クリスマス・イルミネーション 2

頂いた ご著書

2013年 師走の 南浦洞& 西面 の 妖しい?夜

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2013 南浦洞 のクリスマス の 風情

世界では、本当に戦禍のなか、また災害のなか、今も、家もなく寒空のなか、大変な思いをしてる人が沢山いる・・と、思いながらも、あまりにも、そんな世界の情勢を尻目に、

皆目、整合性も危急性も俄かにには、感じられないことで、平和に往来していた人の流れを阻害し、国にぶら下がることなく、自活していた多くの人の経済を破砕した報いを、このあと、どこに、どうやって転嫁していくのだろう・・・

それでも、2013年も、師走。

韓国のならいか、常に、街はスクラップ&ビルドして、益々、無国籍化しながら、進んでいます。仕事以外には、あまり行かない・若者の街?繁華街のひとつ、西面(ソミョン)。ここも、短期間で、かなり街の様相が 変わるところ。

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飾り窓?・・・・答え カラオケ(ノレバン)店 の外観

 

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え~置き・街? ・・・ 答え、軒を連ねる 占い店

近々、釜山に来られるお客様の趣向の参考にと、用事がてら、西面を歩いてみれば、やはり、若者で賑わっていた。ただ、海産物の飲食店ではいつもは、満載されている水槽に魚がいない・・。

日本では、いろんな懸念もありつつ、海の幸離れは、あまり見られないというのに、韓国は風評被害は、大きいのだなと、改めて確認した。やっぱり、海の物は、チャガルチか、キジャンか。

螺旋 の ように 時は流れる ?

2013・11・15 カフェが、立ち並ぶ広安里ビーチ。白い壁と、シンプルな佇まいが、優しい緩やかな時を 醸す Cafe にて

 

2013年も、11月半ば。晩秋から、初冬に、ここ釜山も向かっています。入り組んだ入江状の海岸線、海と街が驚くほど近く、近年、インフラも着々と整備されてきた、韓国の海の玄関と言ってても、いいこの街。天然の温泉もあり、屋台の湯気や、チゲ鍋が、旅情を掻き立ててくれる、オススメの季節なのですが・・

LCCも、エアアジア(成田)やエア・プサン、北九州からのスターフライヤーに加えて、この秋からは、ピーチ(関空)が就航と、高速船ビートル・コビーも含めて、益々アクセスが、便利になっている中、ご存知のとおり、真逆の風が吹く。そんなことしてるうちに、エアアジアも突然、撤退。スターフライヤーも、来年3月で運行中止となった。

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Cafe TOKIWA その2・・

全ては、過渡期なのでしょうが、”今”という時を愚弄するなら、その果を受けるのは、その日、その日を懸命に生きている普通の人々。

私どもが、何度も足を運んで、博物館等で見た歴史には、この釜山にも、過去には沢山の日本人が住んでいて、ここの人達と普通の生活のなかで、生業を真面目にこなし、そして時代の波に揉まれるように、その全てを戦果のなかで放逐し、無一文で引き上げていったようなさまざまの普通の人達。

明治から昭和初期までの、丹念に残されたほとんどが手書きで記された沢山の手紙や、文書には、思いもかけない場所で、現代の自分達に、祖先が懸命に生きてきた証を伝えてくる。

歴史は、幾重にも折り重なる、人々の声なき声に裏打ちされて、未来へと見えない糸のようなもので、それを扱う人達を、それにふさわしい場所にいざなう。

まさに、今、過渡期の風景を 物見ではなく、身を持って体験させられていることを、痛切に思った、2013年、晩秋です。

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日本と韓国の現状は、現状として、それだけに、困っておられる方(わたしたちも、まさにそうでしたが(苦笑))も、また継続的にここと、係わりを持ち続けていかなければならない方も、おられる事と思います。

上載の写真は、先週くらいに、親族の法事に赴かれる方の、同行通訳に、隣町、馬山に行った時に、その一族の方々のお墓のある山の近辺で、撮った写真です。

その時に、韓国の親族の方が、「日本にいる親族が、こうやって熱心に法要に、毎年来られるから、自分達もお墓を綺麗に維持、管理することとなった。」と、笑いながら、語っておられました。

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釜山 郊外の 古刹に お客様と 訪れたときの 一コマ

いつの間にか、師走も、もう目の前。冬の、海の街に、御用の向きには、ご遠慮なく、お声かけください。

チャガルチ市場から、見た、影島(ヨンド)の街並み

 

 

 

 

 

2013年 新春 静かなセンタム&釜山 今昔

センタム・コンベンションセンター(BEXCO)から、ITパークを望む
センタム・コンベンションセンター(BEXCO)から、ITパークを望む

ここしばらく、企業の方を、コンベンション等にお連れする仕事がなかった為、センタムのコンベンション・センターに来る事がなかったのですが、ここはチョッとこないと、一気に景観が変わっていく、「現状・韓国」の象徴みたいなところです。過日は、日本の企業が300億円を投じて、このセンタ厶に複合商業施設をつくる事が決定したというニュース流れていました。

一昨日、紹介したチャガルチ界隈で、港街の悠久の営みを感じられた後は、やっぱり、このセンタムにチラッとでもお連れする事が多いのですが、コンベンション・センターも第2会場が、通りの向こうまで増設され、釜山映画祭関連施設、また公共機関の旧市街地からの移設が急ピッチで進むこの街にいると、どんどんと開発が進む磁場みたいなものの”昂揚”とういうよりは、カンフルを打って?走り続けるこの国の悲愴さえ不思議に感じてしまいます。もちろん、綺麗で快適な場所が増えていくのは、大歓迎ですが・・。

地下鉄センタ厶駅から、コンベンション・センターへのアプローチ
地下鉄センタ厶駅から、コンベンション・センターへのアプローチ
コンベンション・センター前の、ホテル等のビル群
コンベンション・センター前の、ホテル等のビル群
コンベンション・センター エンタランス(正面玄関)
増設されて、第2センターへのウォーク・スルー入口
増設された、第2センターへのウォーク・スルー入口

 

今日は、新世界デパートにきたついでに、静かなコンベンション・センターを歩きながら、お客様を美術館までお連れしました。一年半振りの、美術館です。先回は、釜山”市立”美術館・・市立?という名称の先入観もあって、さほどの期待もなく訪れたのですが、意に反して、贅沢で静謐な佇まいに、「ここは、穴場だと・・。」ひとりごちていたので、チョッと自信を持って、お連れしました。^^

美術館前の モニュメント
美術館前の モニュメント
ちょうど、釜山ゆかりの 画家の展示をしていました。

平日でしたが、美術を専攻している若い方達が、ちらほらと訪れていましたが、ゆったりとした中に、無料展示ながら、見ごたえもあり、点数も十二分な展示と環境のよさで、久々の文化的な雰囲気を堪能できました。

朝鮮戦争時の、釜山の状況えお描いた作品。

釜山に限らず、韓国の人は絵を描くひとが多いように 思います。とにかく、自分を表現したいという欲求が事のほか強いキャラクターも相まって、韓国のひとにとって絵画は、身近なものなのかもしれません。現代アートから、物故した著名な画家の作品まで、ゆっくり鑑賞できます。昔の東莱や、釜山港の描写等、お連れした場所と照らし合わせながら、お客様には訳知り顔で説明させて頂きましたが、釜山の変遷と当時の困難な状況の中で、アートに夢を見出し描き続けた画家の情熱が静かに伝わってきて、いい時間を過ごせました。

展示作品 2
市立美術館側から見た、センタ厶・コンベンションセンター
市立美術館側から見た、センタ厶・コンベンションセンター

 

2013年 新春は ”チャガルチ” で 始動 !!

東莱市場 の 布団や寝具を売っているブティックの 窓越し。「寝ているので、窓を叩かないでください。」と書いてある紙が、なければ、ぬいぐるみとしか、見えないチビ君たち。なかなか、洒落た趣向。でも、本当に可愛いかったです・・・

2013年も、1月8日。新年は、3日より・新春キャンペーンをご利用下さったお客様と、釜山の街をそぞろ歩きました^^.ここしばらくの釜山は、キリっとした冷え込みながら、淡い西日が景色を美しく照らす、散策日和の日が続きました。

1月のチャガルチ場外 市場1

で、やはり一度は必ず赴く、チャガルチ市場。その日は、いつもは開門されていない、仲買人が、せりを行う水揚げ場もオープンになっていて、ちょっとしたひとだかりができていた船着場を覗くと、ジョーズのようなホオジロサメが、無造作に捨て置かれ、その傍らでオバチャンが、入り用の部分だけを解体しながら、「見せもんじゃないよ。」と、がなっていました。

チャガルチ場外市場2 仲買競り場入口
チャガルチ場外市場3 船着場

 

ここは、やっぱり何回来ても飽きません。とにかく、意味などなく、自然の豊穣と、一日千秋のように連綿と続いてきた人々の暮らしの営みを、ビンビンと感じてきてしまいます。圧倒的な魚・いか・蛸・魚・雑魚が思わず笑いがこみ上げてくるほど溢れている中で、チゲを頬張りながら、客に声をかける売り子のオバチャン。

チャガルチ船付き場2
出港する漁船

場所がら包丁を売る露天、なぜか淡水魚の鯉やすっぽんを、生薬で煮込んで強壮エキスを売るお店、勿論、野菜を売る露天。食べる・売る・売り・食べる。

鯉やスッポンがぎっしりの、露天の金ダライ
この日、沢山水揚げされていた、1メートルを優に越える、巨大イカ。正しい名前を知っている方。教えてください^^

実はというか、釜山の正月(ソルラル)は、今年は2月10日。だから今は、日本でいえば12月の初旬。この巨大な市場は、これから、冬の寒さ、なんのその、もつともっと活気づいていきます。

人がごったがえす、場外市場とは逆側の、乾物通り。とにかく、料理好きにはたまらんエリアです。